東京高等裁判所 平成8年(行ケ)138号 判決 1998年12月02日
神奈川県川崎市幸区堀川町72番地
原告
株式会社東芝
代表者代表取締役
西室泰三
訴訟代理人弁理士
三好秀和
同
岩﨑幸邦
同
中村友之
同
鹿又弘子
同
小栗久典
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
水野恵雄
同
森田信一
同
吉村宅衛
同
小林和男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成7年審判第10687号事件について、平成8年2月9日にし審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和60年7月22日にした特許出願(特願昭60-160199号)を原出願とする分割出願として、平成4年7月22日、名称を「画像通信システム」とする発明(以下「本願特許発明」という。)につき、特許出願(特願平4-215691号)をしたが、平成7年4月14日に拒絶査定を受けたので、同年5月22日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を、平成7年審判第10687号事件として審理したうえ、平成8年2月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月12日、原告に送達された。
2 本願特許発明の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨
医用診断装置より収集される画像データを記憶する記憶手段、及びこの記憶手段からの画像データを表示する表示手段とを複数のワークステーション装置各々が備え、表示された画像データにて診断に供する画像通信システムにおいて、前記医用診断装置からの画像データ収集に先だち収集される画像データ毎にその転送先ワークステーション装置を予め設定する設定手段と、この設定手段を参照することにより、画像データが前記医用診断装置により収集される毎に前記設定手段により設定されたワークステーション装置が備える記憶手段へ転送するよう制御する制御手段とを具備することを特徴とする画像通信システム。
3 審決の理由
審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開昭59-121575号公報(以下「引用例1」という。)及び昭和48年12月15日株式会社企画センター発行渥美和彦外1名編集「医療情報システム総説」297~306頁(以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下、引用例1に記載された発明を「引用例発明1といい、引用例2に記載された発明を「引用例発明2」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例1の記載事項の認定、引用例2の記載事項の認定の一部(審決書6頁12~18行を除く。)、本願発明と引用例発明1との一致点及び相違点の認定、相違点についての判断の一部(審決書10頁10行~11頁2行、同頁7行目以降を除く。)は、いずれも認めるが、その余は争う。
審決は、引用例発明2を誤認し(取消事由1)、この結果、本願発明と引用例発明1との相違点についての判断を誤ったものである(取消事由2)から、違法として取り消されなければならない。
1 引用例発明2の誤認(取消事由1)
引用例2の図1「EDPS化システム概要図」(以下「本件引用図」という。)中には、コンピュータ室があり、検査室から当該コンピュータ室へ検査結果が送付されるフローが示されているが、このコンピュータ室への入力が、いずれもパンチカードを介して行われているところからみて、当該検査結果のコンピュータ室への送付は、コンピュータシステムではなく、人手により行われるものと解され、検査依頼の書類を人が見て、検査結果を単純に持ち運ぶというものである。
したがって、審決が、引用例2について、「300頁の図1『EDPS化シズテム概要図』を参照すると、『診療各課で医師が患者を診察し、髄依頼を検査室に送信すると、患者の検査終了後に検査結果は依頼元の診療各課に返送され、検査結果は同時にコンピュータ室に送信されてその記憶装置に記憶される構成の医療機関のコンピュータシステム』が記載されている。」(審決書6頁12~18行)と認定したこと及びこれと同旨の審決の認定(同10頁10行~11頁2行)は、いずれも誤りである。
また、同図中のコンピュータ室へのデータの送付に関しても、データの収集に先立ち、収集されたデータ毎にその送付先を予め設定する設定手段を設けることや、当該設定手段を参照することにより、データの収集毎に当該設定手段により設定された転送先に当該データを送付するようなことは、何ら示唆されていない。
しかも、引用例発明2において、コンピユータ室への入力は、前記のとおり、いずれもパンチカードを介しているところ、医用画像は、膨大なデータ量を有しているから、パンチカードを用いて入力する情報には該当しない。また、コンピュータ室へ入力されるものは、検査室からの検査結果の入力も含めて、すべて書誌的事項に関するものと思われ、コンピュータ室から出力されるものも、すべて書誌的的事項に関するものであることを考えると、コンピュータ室での処理は、すべて書誌的事項に関するものに限られており、本願発明が対象とする画像データのようなデータを受けるものではなく、また、そのようなデータを処理するものでないことも明らかである。
したがって、審決が、「このような引用例2のシステムは、前者と同様の『医用診断装置からのデータ収集に先だち収集されるデータ毎にその転送先ワークステーション装置を予め設定する設定手段を設け、この設定手段を参照することにより、画像データが医用診断装置より収集される毎に設定手段により設定されたワークステーション装置が備える記憶手段に転送するように制御する制御手段』を設けていることに外ならない。更に、引用例2には、図4、図5に『画像情報の通信システム』についても開示されているから、引用例2の図1のシステムには、『検査結果のデータ』として、『医用診断装置より収集される画像データ』が含まれ得ることが示唆されているものである。」(審決書11頁10行~12頁4行)と認定したことも、誤りである。
なお、被告は、社団法人日本放射線技術学会1984年9月発行「日本放射線技術学会雑誌」に掲載された論文である飯沼武著「X線写真を含むトータル医用画像管理システムに向って」(乙第2号証、以下「本件論文」という。)に基づき、検査結果を電子データの形式とした医用診断システムにおいて、当該電子データを診断医が総合的に診断できるように、それらの結果を適切に管理し、診断医の必要に応じて速やかに任意の場所に送付し表示することが求められていることは、周知の事実であり、このことを考慮すると、引用例発明2には、電子データ化された医用診断装置からの検査結果のデータを、その診断先である転送先を予め設定しておき、この設定手段を参照することにより、データが医用診断装置より収集される毎に指定された診断先に転送するようにすることも、実質的に開示されていると主張する。
しかし、同論文には、本願発明の「設定手段」や「制御手段」を含む構成が、記載も示唆もされていないから、上記構成が、引用例2に技術的な自明事項として開示されているとはいえない。しかも、同論文が掲載されたのが日本放射線技術学会の学会雑誌であり、この雑誌が、右学会会員等の特定の限られた者に配布されるものであることを考慮すると、この一つの論文のみによって、上記技術事項が本願発明の出願当時、周知であったということもできない。
2 相違点の判断誤り(取消事由2)
本願発明は、審決が認定する相違点の構成(審決書9頁12~20行)と、「この設定手段を参照することにより」という特徴的構成を採用することによって、医師等が診療等に必要とする画像データの全てについて、検査室へ依頼をした診療各科のみならず、検査室へ依頼をしていない診療各科であっても、診療等に必要とする画像データとして診療各科の装置(ワークステーション装置)を予め設定しておけば、これを入手できるという作用効果を有するものである。
これに対し、引用例発明2は、検査依頼が診療各科と病棟からそれぞれ検査室に送られ、患者の検査終了後に検査結果がそれぞれ依頼元の診療各科と病棟に送られるという処理フローを表しているのであり、検査依頼があってはじめてその依頼に応じて依頼元に検査結果が送られるから、本願発明のような「設定手段」や「制御手段」を設けることは、記載も示唆もされていない。
したがって、仮に、引用例発明2をコンピュータ化したとしても、本願発明の特徴とする構成を得ることはできないし、本願発明の有する前記作用効果を達成することもできない。
また、仮に、引用例発明2に、「検査結果の送付先を指定し、検査結果を送付先に送ること」が開示されているとしても、引用例発明1に「設定手段」や「制御手段」を設けることが、診断医の必要に応じて速やかに画像を表示することに資することについては、引用例発明2に何らの示唆もないから、両発明を組み合わせることが、当業者にとって容易であるとはいえない。
したがって、審決が、本願発明における「設定手段」や「制御手段」を、引用例発明1に具備させることについて、「引用例2に記載のところから当業者が容易に推考、実施しうる事項であり、上記相違点は格別なものではない。そして、本願発明により得られる効果も当業者が予測可能な範囲に止まるものであり、格別なものとはいえない。」(審決書12頁17行~13頁2行)と判断したことは、誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。
1 取消事由1について
審決で摘記した本件引用図の内容を検討すると、検査依頼が診療各科及び病棟より検査室へ送られ、患者の検査終了後、検査結果が依頼元の診療各科及び病棟に返される処理フローが示されており、この処理を人間が行っているのか、コンピュータが行っているのかは、明記されていない。しかし、引用例2の記載(甲第3号証298頁左欄9~11行、同303頁右欄27~32行)で示されているように、引用例発明2は、医療の全般的なコンピュータ化に関して記述したものであり、病院における将来の診療を含めた完全なオートメーション化を指向していることから、本件引用図の上記処理が人間によって行われるものに限定されると解する理由はなく、コンピュータによって行われることも示唆されているものである。
したがって、この点に関する審決の認定(審決書6頁12~18行、同10頁10行~11頁2行)には、いずれも誤りがない。
なお、仮に、本件引用図に記載されているのが、「検査依頼の書類を人が見て、検査結果を単純に持ち運ぶ」ものにとどまるとしても、当該フローにおいて、その検査結果は、診療科以外の所へも送付されていることが示されていることを考慮すると、検査依頼を行う際は、予めその検査結果の送付先を指定し、検査終了後に検査結果を当該指定先に送付しているものと解されるので、引用例発明2には、少なくとも「予め送付先が指定された検査依頼が診療各科から検査室に送られ、患者の検査終了後に検査結果が予め指定された送付先に返される処理フロー」が記載されているといえる。
また、仮に、本件引用図における、検査室からコンピュータ室への検査結果の入力が、患者の検査成績等を示す書誌的事項であり、コンピュータ室での処理が、すべて書誌的事項に関するものに限られるとしても、医用検査データ(画像データ)を電子化し、当該データをワークステーションで表示して診断を行う医用診断システムは、本願出願当時よりよく知られていたものである。
しかも、放射線医用診断に関する分野の雑誌に掲載され、医療従事者のみならず広範囲な技術分野に属する者においてもよく知られているといえる本件論文に記載されるとおり(乙第2号証1004頁左欄、1008頁左欄)、検査結果を電子データの形式とした医用診断システムにおいて、当該電子データを診断医が総合的に診断できるように、それらの結果を適切に管理し、診断医の必要に応じて速やかに任意の場所に送付し表示することが求められていることは、周知の事実であるから、このことと前記の引用例2の記載とを併せて考慮すると、引用例発明2では、電子データ化された医用診断装置からの検査結果のデータを、その診断先である転送先を予め設定しておき、この設定手段を参照することにより、データが医用診断装置より収集される毎に指定された診断先に転送するようにすることも、技術的に示唆されており、実質的に開示されているといえる。
2 取消事由2について
本件引用図には、検査室からコンピュータ室へ検査結果が送付されるフローが示されており、そのフローによれば、検査結果は、コンピュータ室へ送付され、コンピュータに入力処理されており、特に入院患者については、検査依頼とは別に、「入院病歴要約情報(診断、処置、検査、手術、看護などの要約)」(甲第3号証299頁左欄(1))がコンピュータにより患者毎にファイル化され、当該情報が、必ずしも検査依頼を行っていない病棟にも、必要に応じて送付されることが記載されている。
また、引用例2に直接的な記載はなくとも、医用画像通信システムを構築するものにおいては、診察すべき診断医の所に所定の画像を速やかに表示させることは、当業者であれば当然考慮すべき課題であり(乙第2号証参照)、引用例発明2には、少なくとも、予め検査結果の送付先を指定し、その検査結果を送付先に送ることが示されている。したがって、当業者であれば、医用画像通信システムである引用例発明1について、診察すべき診断医の所に所定の画像を速やかに表示させることを目的として、「設定手段」や「制御手段」を設けることは、引用例発明2から容易に推考し得るものと認められる。
したがって、この点に関する審決の判断(審決書12頁17行~13頁2行)にも、誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(引用例発明2の誤認)について
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例1の記載事項の認定、引用例2の記載事項の認定の一部(審決書6頁12~18行を除く。)は、いずれも当事者間に争いがなく、引用例発明2の本件引用図に関して、「検査依頼が診療各科と病棟からそれぞれ検査室に送られ、患者の検査終了後に検査結果がそれぞれ依頼元の診療各科と病棟に送られるという処理フローを表している」ことも、当事者間に争いがない。
引用例2(甲第3号証)には、本件引用図が示す「3実施業務のあらまし」のうち、検査データ管理システムについて、「(3)検査データ管理システム 各種の検査に伴なう実施結果のファイル化を実施 アウトプットは主管部門別に、患者別、検査項目別に編集整理した一覧表、および、患者別検査成績一覧表の作成.」(甲第3号証299頁右欄3~7行)と記載されている。
また、同図のフローチャートによれば、検査依頼は、医師が患者を診察する診療各科と、患者が入院する病棟から、それぞれ検査室に送られ、検査結果は、検査室から依頼元である診療各科と病棟にそれぞれ返送されるとともに、コンピュータ室に送られてパンチ入力されるが、その後、コンピュータ室から、診療各科及び病棟に検査結果が送られることはない。また、コンピュータ室へは、診療各科から病名などの通知書、薬品請求一覧表が、看護室から薬品請求一覧表が、病歴室から手術票、入院要約が、それぞれパンチ入力される。コンピュユータ室からは、検査室へ検査別各種統計が、病歴室へ患者別検査成績一覧表、転帰別退院数、入院病歴要約表が、薬剤科へ各種管理資料、薬袋ラベルが、会計課へ料金集計表、その他会計資料が、それぞれ送付される。
さらに、引用例2の図3(甲第3号証302頁)には、コンピュータ室と中央受付、中央カルテ室、薬局とが通信回線で結ばれた医療データ処理システム用のコンピュータの構成図が、図4(同304頁右欄)には、医療機器と通信回線を結合した医療データ(心電図)伝送システムの構成図が、図5(同305頁左欄)には、X線テレビの画像伝送制御システムの略図が、それぞれ記載されている。
これらのことによれば、引用例2には、コンピュータを利用した各種医療データの処理システムが開示されているが、本件引用図に限定すれば、同図は、複数の検査依頼が診療各科と病棟からそれぞれ検査室に送られ、患者の検査終了後、検査結果がそれぞれ依頼元である診療各科と病棟に返送されるという処理フローを表示しているものであり、複数の検査依頼元に対して検査結果をそれぞれ正確に返送するためには、当然、予め返送先が指定されているものと理解されるが、同図におけるコンピュータは、患者の検査結果を編集整理する手段にすぎないものと認められる。そして、コンピュータへの入力がパンチ入力であることから推測して、当該検査結果は、人によって移動されていると理解すべきであり、また、コード情報を扱っているだけであるから、画像データの伝送についても、直接的な記載がないものといわなければならない。
そうすると、審決が、引用例発明2の本件引用図について、「300頁の図1『EDPS化システム概要図』を参照すると、『診療各課で医師が患者を診察し、検査依頼を検査室に送信すると、患者の検査終了後に検査結果は依頼元の診療各課に返送され、検査結果は同時にコンピュータ室に送信されてその記憶装置に記憶される構成の医療機関のコンピュータシステム』が記載されている。」(審決書6頁12~18行)と認定したことは、同図にコンピュータシステムが記載されていると認定した限度で誤りというほかない。ただし、審決は、引用例発明1及び2に基づいて、本願発明が容易に推考できるとするので、以下、この点を検討する。
2 取消事由2(相違点の判断誤り)について
審決の理由中、本願発明と引用例発明1との相違点及び一致点の認定は、当事者間に争いがなく、これによれば、両発明は、「医用診断装置より収集される画像データを記憶する記憶手段、及びこの記憶手段からの画像データを表示する表示手段とを複数のワークステーション装置各々が備え、表示された画像データにて診断に供する画像通信システムにおいて、画像データが医用診断装置により収集される毎にワークステション装置が備える記憶手段へ転送するよう制御する制御手段とを具備することを特徴とする画像通信システム」(審決書9頁3~11行)であると認められる。
原告は、引用例発明2に、データの収集に先立ち、収集されたデータ毎にその送付先を予め設定する設定手段を設けることや、当該設定手段を参照することにより、設定された転送先に当該データを送付するようなことは、何ら示唆されていないと主張する。
しかし、取消事由1において認定したとおり、引用例発明2には、予め返送先が指定されている複数の検査依頼に対して、検査終了後、当該指定に基づいて、検査結果をそれぞれ依頼元に返送するという処理フローが表示されており、複数の検査依頼元に対して、検査結果をそれぞれ正確に返送するためには、当然、予め返送先が指定されているものと理解されるところである。そして、このことを、医用診断装置より収集される画像データの転送制御システムである引用例発明1に則して考えれば、医用診断装置による画像データの収集に先立ち、その転送先である記憶手段を予め設定し、検査結果である画像データの収集毎に、その転送先の設定手段に基づいて、当該画像データを転送するよう制御することに外ならないから、原告の上記主張を採用することはできない。
また、原告は、仮に、引用例発明2に、「検査結果の送付先を指定し、検査結果を送付先に送ること」が開示されているとしても、引用例発明1に「設定手段」や「制御手段」を設けることが、診断医の必要に応じて速やかに画像を表示することに資することについては、引用例発明2に何らの示唆もないから、両発明を組み合わせることが、当業者にとって容易であるとはいえないと主張する。
しかし、前示の争いのない事実及び取消事由1において認定した事実によれば、本願発明と引用例発明1及び2とは、いずれも医用診断データの管理という同一の技術分野に属するものであり、その管理を効率よく適切に行うという共通する技術課題を有するものであると認められるところ、引用例発明1に、医用診断装置より収集される画像データを、コンピュータを利用して、記憶手段へ転送するよう制御する画像通信システムが開示されており、他方、引用例発明2に、予め返送先が指定されている複数の検査依頼に対して、検査終了後、当該指定に基づいて、検査結果をそれぞれ依頼元に返送するという処理フローが表示されている以上、当業者は、両発明に基づいて、医用診断装置よる画像データの収集に先立ち、その転送先である記憶手段を予め設定し、検査結果である画像データの収集毎に、その転送先の設定手段に基づいて、画像データを転送するよう制御することを、容易に想到できるものと認められ、これは、本願発明と引用例発明1との相違点に係る構成、すなわち、「医用診断装置からの画像データ収集に先だち収集される画像データ毎にその転送先ワークステーション装置を予め設定する設定手段を設け、画像データが医用診断装置により収集される毎に設定手段により設定されたワークステーション装置が備える記憶手段へ転送するよう制御する」(審決書9頁12~18行)ことに外ならない。
したがって、仮に、引用例発明2に原告の主張するような示唆がないとしても、両発明を組み合わせることは、当業者にとって容易なことが明らかであるから、原告の上記主張を採用することはできない。
つぎに、原告は、引用例発明2の本件引用図について、当該検査結果のコンピュータ室への送付が、コンピュータシステムではなく、人手により行われるものと解されるし、コンピュータ室への入力が、パンチカードを介しており、コンピュータ室からの入出力も、すべて書誌的事項に関するものと考えられるから、本願発明が対象とする画像データのようなデータを処理するものでないと主張する。
確かに、前示のとおり、引用例発明2の本件引用図に限定すれば、同図におけるコンピュータは、患者の検査結果を編集整理する手段にすぎないものであり、当該検査結果は、人によって移動されていると理解すべきであって、画像データの伝送についても、直接的な記載がないものといわなければならないが、引用例発明1に、医用診断装置より収集される画像データを、コンピュータを利用して、記憶手段へ転送するよう制御する画像通信システムが開示されている以上、これを前提として、前記相違点に係る構成を、引用例発明2から想到できるか否かを検討すればよいのであって、これが容易であることは、前示のとおりであるから、審決における引用例発明2の誤認は、審決の結論に影響しないものといえる。
さらに、原告は、本願発明が、審決が認定する相違点の構成と、「この設定手段を参照することにより」という特徴的構成を採用することによって、医師等が診療等に必要とする画像データの全てについて、検査室へ依頼をした診療各科のみならず、検査室へ依頼をしていない診療各科でも画像データを入手できるという作用効果を有するものであるのに対し、引用例発明2は、検査依頼があってはじめてその依頼に応じて検査結果が送られるから、本願発明のような「設定手段」や「制御手段」を設けることは、記載も示唆もされておらず、仮に、引用例発明2をコンピュータ化したとしても、本願発明の特徴とする構成を得ることはできないし、本願発明の有する前記作用効果を達成することもできないと主張する。
しかし、本願発明の要旨は、前示のとおり、「医用診断装置からの画像データ収集に先だち収集される画像データ毎にその転送先ワークステーション装置を予め設定する設定手段と、この設定手段を参照することにより、画像データが前記医用診断装置により収集される毎に前記設定手段により設定されたワークステーション装置が備える記憶手段へ転送する」ものであり、このような構成は、医用診断装置を用いた検査を予め依頼した依頼元に、その指示に基づいて、検査結果である画像データを転送することをも含むものと認められるから、引用例発明2を引用例発明1に応用して構成されたものは、本願発明の要旨を充足するものであると認められる。そうすると、原告が主張する、検査室へ依頼をしてない診療各科が画像データが入手できるという作用効果を奏する構成のみが、本願発明の特徴的な構成ということはできないから、原告の上記主張は失当といわなければならない。
なお、原告は、本件論文(乙第2号証)に、本願発明の「設定手段」や「制御手段」を含む構成が、記載も示唆もされていないし、同論文が掲載されたのが日本放射線技術学会の学会雑誌であり、右学会会員等の特定の限られた者に配布されるものであることを考慮すると、この一つの論文のみによって、被告主張の技術事項が本願発明の出願当時、周知であったとはいえないと主張する。
しかし、前示のとおり、本件論文を引用するまでもなく、医用診断装置より収集される画像データを、コンピュータを利用して、記憶手段へ転送するよう制御する画像通信システムは、引用例発明1に開示された、少なくとも公知の技術といえるから、原告の主張は、あえて検討するまでもなくこれを採用する余地がない。
そうすると、審決が、本願発明における「設定手段」や「制御手殻」を、引用例発明1に具備させることについて、「引用例2に記載のところから当業者が容易に推考、実施しうる事項であり、上記相違点は格別なものではない。そして、本願発明により得られる効果も当業者が予測可能な範囲に止まるものであり、格別なものとはいえない。」(審決書12頁17行~13頁2行)と判断したことに、誤りはない。
3 以上のとおり、原告主張の取消事由は、結果として理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成7年審判第10687号
審決
神奈川県川崎市幸区堀川町72番地
請求人 株式会社東芝
東京都港区芝浦1丁目1番1号 株式会社東芝 本社事務所内
代理人弁理士 則近憲佑
東京都港区芝浦一丁目1番1号 株式会社東芝 本社事務所内
代理人弁理士 近藤猛
平成4年特許願第215691号「画像通信システム」拒絶査定に対する審判事件(平成5年8月13日出願公開、特開平5-204996)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
1.本願発明の要旨の認定
本願は、昭和60年7月22日に出願した特願昭60-160199号の一部を平成4年7月22日に新たな特許出願としたものであって、その請求項1に係る発明は、特許請求の範囲に記載された次の通りのものである。
「医用診断装置より収集される画像データを記憶する記憶手段、及びこの記憶手段からの画像データを表示する表示手段とを複数のワークステーション装置各々が備え、表示された画像データにて診断に供する画像通信システムにおいて、前記医用診断装置からの画像データ収集に先だち収集される画像データ毎にその転送先ワークステーション装置を予め設定する設定手段と、この設定手段を参照することにより、画像データが前記医用診断装置により収集される毎に前記設定手段により設定されたワークステション装置が備える記憶手段へ転送するよう制御する制御手段とを具備することを特徴とする画像通信システム。」
2.引用例の認定
これに対して、原査定の拒絶の理由として引用された特開昭59-121575号公報(以下引用例1という)、渥美和彦 外1名編集「医療情報システム総説」(昭和48年12月15日)企画センター発行、P、P297-306(以下引用例2という)には、画像通信システムに関して次のような技術的事項が記載されている。
A.引用例1
(1)従来技術に関して、「病院で大量に発生する画像データの保管や検索に費やす時間や費用が膨大になるという問題があった」ので、この発明は、「このような費用と時間と労力の無駄を省くことができ、所望の画像データを瞬時に検索・表示し、診断性を向上させるための画像処理や解析を可能ならしめる医用総合画像処理システムを提供する」ものであることが記載されている(1頁右欄-2頁左上欄)。
(2)第1図の概念的構成図には、「主コンピュータMC1、記憶装置MM、副コンピュータSC1、他の副コンピュータSC2、副コンピュータSC1に接続されるフレームメモリFM、CRT表示装置DPY、副コンピュータに対するデータ収集のための入力用端末としての、心電図等のアナログ信号を受けてデジタル信号に変換するアナログ・デジタル変換器(AD変換器)、CT、US、X線センサー等で得られた画像データ(デジタル信号)を受け取るデジタル入力装置DI、バスBU1、BU2、通信用インターフェースITF1、ITF2等からなる画像通信システム」が記載されている。
(3)副コンピュータの作用に関して、「副コンピュータSC1は、主コンピュータMC1の管理下におかれた局所コンピュータで、病院の各部署に配置されている。この副コンピュータSC1は局所のコンピュータシステムを構成することができ、また、同様の他の副コンピュータSC2からなる他の局所コンピュータシステムとの間でもデータの授受が可能となっている。この副コンピュータシステムは、データの収集及び送出並びにデータ処理機能を有している。」、及び「主コンピュータMC1の制御下において、副コンピュータSC1、SC2は各々別個にデータ収集及び処理を行う。」と記載されている(2頁下欄)。
(4)データの収集に関して、「AD変換器ADからは心電図或いは心音等のデータを、デイジタル入力装置DIからはCT、US或いはX線センサー等で得られたデータを適宜収集する。これらのデータは、直接主コンピュータMC1に送られ、記憶装置MMに登録される。・・・又、副コンピュータSC1は、データ収集のかたわら同時にフレームメモリFMにデータを収納し、或いは一度演算処理した後のデータを格納し、これを読み出しDA変換器DAを介してCRT表示装置DRYに与え、画像表示させてモニタリングすることができる。」と記載されている(3頁上欄)。
(5)この発明の特徴に関して、「このような分散型のシシテムによれば、局所システムにおいて得たデータの収集や検索の容易性は勿論のこと、他の局所システムにおいて得られたデータをも瞬時に引き出して利用することができ、各部署ではいながらにして総ての部署のデータをも容易に利用することができる。」と記載されている(3頁右上欄)。
B.引用例2
(1)医療機関におけるトータルなコンピュータ利用システムの例として、299頁の表1には、「入院病歴要約システム」、「検査データ管理システム」、「窓口料金計算システム」等の8種類の対象業務が示されている。
(2)300頁の図1「EDPS化システム概要図」を参照すると、「診療各課で医師が患者を診察し、検査依頼を検査室に送信すると、患者の検査終了後に検査結果は依頼元の診療各課に返送され、検査結果は同時にコンピュータ室に送信されてその記憶装置に記憶される構成の医療機関のコンピュータシステム」が記載されている。
(3)304頁の図4では「心電図伝送システム構成図」が、また、305頁の図5では「X線テレビの画像伝送制御システム」の略図が示されている。
3.本願発明(前者)と引用例1(後者)との一致点と相違点
(1)前者においては、「医用診断装置から発生した診断情報を先ず病院内の情報蓄積装置に転送し、蓄積されるようなシステムにおいて、医師等が診断情報により検査を行う場合、患者IDを基に必要な診断情報を情報蓄積装置より検索し、検索した診断情報を画像表示装置に転送しているが、画像データは情報量が多く、情報蓄積装置から画像表示装置へと転送していたのでは転送に時間がかかり、所望の診断情報を速やかに表示できないという問題があったので、本発明の目的は医用診断装置において収集された画像情報中の所望の画像情報を速やかに表示することができる画像通信システムを提供することである」との趣旨が記載されている(「発明の詳細な説明」の欄の段落「0001」ないし「0005」参照)。
後者も、前記したように医用の画像通信システムにおいて「所望の画像データを瞬時に検索、表示し、診断性を向上させる」ことを発明の目的とするものであるから、「発明の産業上の利用分野」及び「発明の目的」は両者で共通している。
(2)後者においては、各副コンピュータSC1、SC2等は、心電図、CT等の医用診断装置より収集される画像データをフレームメモリに記憶し、フレームメモリに記憶された画像データをCRT表示装置に表示して診断に供するものであるから、前者の「医用診断装置より収集される画像データを記憶する記憶手段、及びこの記憶手段からの画像データを表示する表示手段とを複数のワークステーション装置各々が備え、表示された画像データにて診断に供する画像通信システム」の構成が記載されている。
また、後者の上記構成は前者と同様の「画像データが医用診断装置により収集される毎にワークステション装置が備える記憶手段へ転送するよう制御する制御手段」を具備していることは明らかである。
(3)従って、両者は
「医用診断装置より収集される画像データを記憶する記憶手段、及びこの記憶手段からの画像データを表示する表示手段とを複数のワークステーション装置各々が備え、表示された画像データにて診断に供する画像通信システムにおいて、画像データが医用診断装置により収集される毎にワークステション装置が備える記憶手段へ転送するよう制御する制御手段とを具備することを特徴とする画像通信システム。」
である点で一致し、前者においては「医用診断装置からの画像データ収集に先だち収集される画像データ毎にその転送先ワークステーション装置を予め設定する設定手段を設け、画像データが医用診断装置により収集される毎に設定手段により設定されたワークステション装置が備える記憶手段へ転送するよう制御する」のに対して、後者にはこのようなことが記載されていない点で相違している。
4.相違点に対する判断
(1)医療機関においては、複数の診察室(内科、外科、皮膚科等)で患者を診察する各医師が、それぞれ超音波装置、X線装置等の異なる医用診断装置での患者の検査を依頼し、医用診断装置で得られた各患者の診断データは診察した医師等に間違いなく送付されるシステムを採用することが、誤診防止等のために最も基本的な考え方であるところ、医療機関においてコンピュータシステムを利用している点では前者及び後者とは産業上の利用分野が共通している引用例2には、その図1には前記したように「診察各課において患者を診察した医師が、患者の検査依頼を検査室に送信し、当該検査室では患者検査後に検査データを依頼元の医師に送信すること」、すなわち、「複数の診察室(前者のワークステーションに相当する)からそれぞれ送信されてくる患者の検査依頼に対して、検査室では多数の患者の中から依頼元の患者の検査データを特定して、依頼元の診察室に検査データを送信し、依頼元の診察室では当該の検査データを受け取ること」が記載されている。
そして、一般にコンピュータを利用した計測システムにおいては、検出データをリアルタイムで所定のワークステーションに伝送するようなことは、広く知られた技術であることをも考慮すると、引用例2において「検査データの依頼元への転送」を、「検査データの検出毎に(リアルタイムで)転送する」構成であることも前提要件として認定できるから、このような引用例2のシステムは、前者と同様の「医用診断装置からのデータ収集に先だち収集されるデータ毎にその転送先ワークステーション装置を予め設定する設定手段を設け、この設定手段を参照することにより、画像データが医用診断装置より収集される毎に設定手段により設定されたワークステーション装置が備える記憶手段に転送するように制御する制御手段」を設けていることに外ならない。
更に、引用例2には、図4、図5に「画像情報の通信システム」についても開示されているから、引用例2の図1のシステムには、「検査結果のデータ」として、「医用診断装置より収集される画像データ」が含まれ得ることが示唆されているものである。
(2)そうすると、後者においても前述した医療機関における「誤診防止」の大原則を当然に考慮してシステムの構築が図られるものであるから、前者のように「心電図、X線センサー等の医用診断装置からの画像データ収集に先だち収集される画像データ毎にその転送先の副コンピュータ(ワークステーション)装置を予め設定する設定手段」を設けるようなことや、「この設定手段を参照することにより、画像データが医用診断装置より収集される毎に設定手段により設定されたワークステーション装置が備える記憶手段に転送するように制御する制御手段」を具備するようなことは、引用例2に記載のところから当業者が容易に推考、実施しうる事項であり、上記相違点は格別なものではない。
そして、本願発明により得られる効果も当業者が予測可能な範囲に止まるものであり、格別なものとはいえない。
5.結論
以上の通りであるから、本願発明は上記引用例1及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定によって特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成8年2月9日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)